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 きっと物凄い顔をしているんだろうな。95%ほどの確率で。
 初めて顔を合わせた時に見せた泰晴の顔を、そう遠くはないデータ領域から呼び起こし、三郎はそう数字をはじき出した。残りの5%は、ほぼ無表情で目だけがきつく己の創造主(母)たる善法寺伊作博士と、彼の愛機たる白騎士を作り出した食満留三郎博士を睨みつけているという可能性だ。
 いや、両方だったか。
 戸惑いの表情を浮かべた妹――兵助と、向けられた微弱な殺気にびくりと肩を震わせ、顔を青ざめさせながらも一歩も引かぬ危害を見せている二人の姿と、彼らをおろおろと見比べている今現在の末っ子の姿に、三郎はそう結論を出した一人こくりと頷いた。
 そんな三郎に、彼の三歩ほど前に立つ人物はちらりと意識だけを後ろへと向け、あからさまに大きな溜息をついて見せる。

「十年」

 妙な緊張が漂う場所で、泰晴の朗々とした声が低く響く。普段よりも若干抑えられた声量と落とされたトーンに、これは若干本気で怒っているな、と過去のデータを照らし合わせて、三郎は一歩後ろへと足を引いた。怒った泰晴は怖いのだ。ファティマとして正式に稼動している時間と、暫定とはいえ泰晴を主としていた時間がほぼイコールで結べる。その中で三郎が彼を怒らせたはたった一回ではあるが、その一回でもうこりごりだとトラウマのような形で刷り込まれてしまうほどに。
 同時に耳を塞いで目を閉じ、白騎士のファティマシェルの中でうずくまってしまいたかったのだが、少しでも間違えば修羅場所か地獄絵図になってしまいそうなこの状況を放り出してしまうわけには行かない。主人を――暫定であろうとも今現在三郎の主は泰晴その人だ――貴重な二人のマイト殺しにしたくはないのだ。

「泥臭くても鮮やかでも何でもいいから、とにかく戦闘経験を積ませる。それが約束だったはずだ」
「そうだね」
「だからお前は三郎と“白雪”をここに返しに来たわけだしな」
「そうだ。だから俺が、この、ファティマ嫌いの俺が、十年もファティマを側においてカステポーをさ迷い歩いてひたすらこいつに」

 そう言って、左手の親指で背後の三郎を指した。一瞬、そこから衝撃波が襲ってくるのではなかろうかと思ってしまった三郎は多分悪くはない。

「経験を積ませてきたんだ。期限付きで、他ならぬ伊作と留三郎が初めて手がけた作品だと言うから」

 特別だと、てらいもなく口にする泰晴に、伊作と留三郎が漂っていた緊張感も向けられている殺気も忘れて「いやぁ」と照れる。全く持って、わが母と愛機の父ながら図太い。だから、この一部神経質ともいえる性質を持つ泰晴とも長く友人であれるのだろうが。
 暢気な二人の姿に、若干内側でくすぶっている怒りをそがれたのか、泰晴は寄せた眉に呆れをのせて、小さく息を吐いた。

「また同じ事をするのはごめんだ」

 声が少しばかり柔らかくなった。どうやら怒りと言う感情を燃やす事を放棄したらしい。三郎は密かに胸を撫で下ろし、なにやら勘違いをしているらしき主人――しつこいようだが暫定で、もう一日もたたぬうちに解消されるはずの関係だ――に首を傾げた。 伊作がぱちくりと目を瞬かせ、留三郎は片眉を跳ね上げる。

「違うよ泰晴、この子は正真正銘、君専用のファティマ! 君の為だけに作り上げた僕の最高傑作だよ! 三郎はその兄!」
「そうだぞ、泰晴! そんでもってこいつはお前専用に作り上げた渾身のモーターヘッド、名をTheKnight Of Night "艶夜"、VUTSHU The White Knight "白雪"はそのプロトタイプだ!」
「なお悪いわっ!」

 兵助の方に両腕を置いて引き寄せ、背後にでんと置いてある漆黒のMHを指しての宣言に、流石の泰晴も顔を引き攣らせて声を張り上げた。巻き込まれ一括された兵助は泣きそうである。それはそうだ。ファティマに唯一許されている権限を、選んだマスター本人に拒否されれば泣きたくもなる。

「何で!? 君の能力に合わせてしっかりじっくり育てた戦闘能力2A―MH制御能力3A―演算性能3A―肉体耐久値A―精神安定性A、クリアランスVVS1、容姿も肌と髪の質感も君の好みストレートど真ん中、性格も君好み――これは偶然だけど――、戦闘経験だって竹谷に頼んで三郎と同じくらい積ませたっていうのに、何処が不満なのさ!?」
「そうだぞ! “白雪”の性能と設計とお前の戦闘記録を全部解析して、お前専用に素材から作り出して、お前のアホみたいな能力を一つの漏れもなく再現できるように組み立ててプログラムをつんでチューンナップした騎体のどこが不満だって言うんだ!?」
「竹谷まで巻き込んだのか……」

 そこまでするか。頭痛でもしたのか頭を抑えて唸る泰晴に、そこまでするんです、と三郎は遠い目をした。だって三郎達が幼少期にカプセルから出ている時から――実際には設計段階から計画されていたのだ。気付いた所ですでに詰め、最終段階である。

「とにかく、俺はファティマは……」
「あの」

 控え目に、けれどもしっかりと声を発して、兵助が顔を上げ、必死に泰晴を見つめていた。彼女の頭の右側に斜めに乗った菱形のヘッドコンデンサが、ちかちかと光を発し、泰晴に向けて一定の数値を見せる。
 それが何を指すのかわからないほど、泰晴は無知でも馬鹿でもない。それは唯一、ファティマに許されている権利。けれども、泰晴の細められた瞳に浮ぶのは拒絶だ。思わず、十年前に向けられた目をメモリから引き出してしまい、三郎はその冷たさに肩を震わせた。今、直にその目を向けられているだろう兵助は、三郎以上に腹の底が冷えるような思いをしているだろうに、彼女は凛と背筋を伸ばし、顔を上げたままで設計の段階から決められていた主人を見つめている。

「私は、貴方の為だけに生まれました。貴方の為だけのファティマです。ダムゲートコントロールも、メンタルコントロールも、貴方が嫌うそれらを全て外された、出来損ないの」

 軽く星団法に違反しているそれに、泰晴は僅かに目を見開いた。それでは、精神面は人間とそう変わらない。

「それでも、ファティマです。貴方だけが私のマスターです。貴方がいらぬと仰るのなら、今すぐ廃棄してください」
「死んでも構わないと?」
「はい。貴方がマスターになってくださらなければ、私はただの欠陥品にすぎませんから」

 人間とほぼ同じ精神ありようで、ファティマとしての思考をしっかりと持ち、己をモノとして捕えている言葉に、泰晴は面白そうに目を細めた。相変わらずその瞳は冷めた光を宿してはいたが、確かに兵助という存在に興味を覚え始めている。全てが泰晴の為に作られている兵助が彼の興味をひくのは当然の結果であり、ファティマを嫌う泰晴にその存在を認めさせるのは至難の業であるために、三郎は感嘆の溜息をついた。

「いい覚悟だ」

 無造作に伸ばされた泰晴の手が、兵助のヘッドコンデンサに触れる。主人を認識してピピピと音を立てるそれに、息を詰めて二人のやり取りを見つめていた伊作と留三郎は安堵に胸を撫で下ろし、勘右衛門はふんわりと笑みを浮かべて見せた。三郎も、思わず安堵の息をつく。

「来い。あの騎体、艶夜だったか、あれの中身を確認するぞ」
「イエス、マスター!」

 とりあえず泰晴のファティマであることを認められて、白い頬を喜びで染めた兵助が満面の笑みを浮かべて、漆黒の騎体へと足を向けた泰晴を追いかける。 
 三郎はこれからの妹の先行きを多少心配しつつ、騎体の確認の前に仮制御を外してもらおうと軽く走り出した。




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 迷子になっちゃった。
 そう気付いた瞬間、梅崎露丸はぺったりと地面に座り込み、泣き出してしまった。迷子だと気付いた場所が、滝があるとても綺麗な場所で、何故だか安心してしまった事もあるかもしれない。少しばかり情けないと思いながらも、零れだした涙は止まらず、嗚咽も止まらなかった。

「おや、騒がしいと思うたら……」

 わんわん泣いていると、露丸の前に影が落ち、美しいとしか言えない声が呆れたように言葉を紡いだ。その声のあまりの美しさに、止めようとしても止まらなかった涙と嗚咽が嘘のように止まり、露丸は顔を上げる。そして、ひゅっと息を呑んだ。
 引きずるように長い白銀の髪、月の光のように淡い金色の瞳に、透き通るような白い肌。目も鼻も口も極上の造りをしており、それらが小さな顔に完璧なバランスで配置されている。美しいと言う言葉すらも陳腐に響くであろう美貌と、縦に長い虹彩が、彼が人ではないことを証明している。
 魂を持っていかれそうなほどの衝撃を受けながら、露丸は涙でぼやける視界をはっきりさせるために目
をこすった。

「そのようにこするでない。赤くなってしまうぞ」

 白く美しい長い指が、そっと露丸の小さな拳に触れた。その手の冷たさに一瞬ビックリしながらも、目元に優しく触れる指先が心地よく、露丸は涙を払った後で離れていこうとした指を両手で捕まえた。じっと、無垢な瞳に見上げられ、目の前の彼は困惑したように眉間に皺を寄せる。

「あなたは龍神様ですか?」
「……我を知っておるのか」

 小さく首を傾げた神に、露丸はぱぁっと明るい顔をして、先ほどまで涙に濡らしていた顔に笑みを乗せた。神は露丸のその表情に、数度瞬く。

「学園長先生が言ってた事、本当だったんだ!」
「学園長……あぁ、忍術学園とやらの子供か」
「はい! 学園長先生は、山の中にはとっても美しい滝があって、そこには龍神様がいらっしゃるんだって言ってました。そこを見つけたら、その場を荒らすような無礼はしちゃダメだっ、て……」

 さぁっと露丸の顔が真っ青になる。大きな瞳には涙を浮かべ、捉えている神の指をきゅっと握り締めた。

「あの、あの、ごめんなさい!」
「何がだ」
「う、うるさくしちゃって……」

 その言葉に神が現れたときの言葉を気にしての謝罪だと知り、神は気にしてはいないと小さく頭を振った。すると、露丸はほっとしたように笑みを浮かべた。
 くるくると、良く表情の変わる子供だ。それを面白く思いながら、神は小さく笑みを浮かべた。麗しいことこの上ない神の笑みに、子供の顔がぽんと赤くなる。

「神子は何故泣いていたのだ?」
「……迷子になっちゃいました」

 ミコという単語に首を傾げながらも神の質問に答えると、現状を思い出した露丸は再び目に涙を浮かべ、ぐっと口元を引き結ぶ。泣かないでいようと頑張っている露丸に、神はそっと手を伸ばし、小さなその体を抱えあげた。
 急に高くなった視界と、間近に迫った絶世の美貌に、わたわたと両手を振り回した。その様子に、くすりと神が笑う。

「ならば我が近くまで連れて行こう」
「龍神様が?」
「ああ」
「ありがとうございます!」

 ぱぁっと顔を輝かせて、露丸は神の首にぎゅっと縋りつく。神は思いの外強い力と高い体温に、これが人というものかと目を瞬かせた。今まで人と関わるのを避けてきたが、これは案外悪くは無い。 何より、神子であるこの子供はくるくると変わる表情が面白く、神を厭きさせなかった。

「神子の名は何と言う?」
「露丸です。梅崎露丸といいます! 龍神様のお名前は何と言うのですか?」
「我の名か……」

 名というのは最も短い呪である。明かさぬ方がいいのが神の住む世界の常識ではあるが、神子一人に教えるのならば良いかと神は結論を出した。何より、神子とはいえ人間一人に神である己が縛れるとは思えない。

「我はタマノミナアワノオカミノカミという」
「た……?」

 神が口にした長い名前に、子供は目を点にして首を傾げる。その様子に、どうにも理解できなかったらしいと悟り、神は苦笑を浮かべた。

「神子には難しいか」
「ごめんなさい」

 あからさまにしゅんと落ち込んでしまった露丸の頭を、水和はそっと撫でた。

「よい。我の事は……そうさな、水和と呼ぶがいい」
「みなわ、さま?」
「そうだ」
「水和様!」

 きらきらと、輝かんばかりの笑みを浮かべた露丸につられるように、水和と名乗った龍神はその美貌をとても柔らかに和ませた。


 


 森の奥まった場所には、龍神の住む滝が存在する。
 大川平次渦正は、学園を創設する為に闘茶で手に入れた山々の中に、そんな言い伝えが存在する事を知り、これは一度尋ねていかねばとその瞬間に心に決めた。彼は昔、一匹の妖狐を助け、恩を返してもらったときに、妖や八百万の神が確かに存在する事を教えてもらっていたのだ。しかも、神の機嫌を損ねると妖よりも性質が悪い。
 姿を現してくれずとも、挨拶をし、その神が存在する土地に忍術学園を創設する事を報告しなければならないだろう。
 そう思い、大川は噂の滝へと足を運んだ。

「……っ!」

 思わず息を呑んだ。瑞々しく生い茂る木々、芳しい香を放つ色鮮やかな花、それらが映る水は滝壺の底まではっきりと見えるほどに美しく澄んでおり、空を滑り落ちてくる滝は轟々と音を立てて滝つぼに落ち、まるで真珠のように美しい泡を生んでいる。そこかしこに転がっている岩すらもまるで計算されているかのような美しさを持っており、真実、神が住まうに相応しい荘厳な空気が、その場には満ちていた。
 神社にも似通ったその雰囲気に、まさしく神がおられるのだと、大川は納得する。そうして、彼は滝つぼの前まで歩を進めると、すっと膝を突いた。

「この地を治めし龍神よ、お初にお目にかかります。我が名は大川平次渦正、この山から先、いくつかの山を今現在所有する権限を持つ者にございます。此度は忍術学園を創設するに当たり、挨拶に参りました。この地で子供達を忍として育み、乱世に送り出すための箱庭を作る事をお許しいただきたい」

 頭を下げる。
 滝が滝壺を打つ音にじっと耳を傾け、大川はしばらくの間そのままの体勢でいた。返事が返ってくるとは思わなかったが、それは語りかけている神への礼儀でありけじめだ。そして、頭を上げ立ち上がろうとした瞬間に、ゆらりと、空気を揺らすように笑い声が聞こえてきた。
 木々の葉がこすれるような、風が岩の隙間を通り抜けるような、そんな音ではあったが、確かにそれは喜色を含んでいる笑い声に聞こえる。それだけで一気に場を神聖と一言で表すには足りぬほど清らかで厳かな空気が場を支配し、大川は動きを止め、再び深く頭を下げた。

『神に頭を下げ許可を求めるか、今時の人間にしては感心な事よ』

 頭の中に直接響いてくるような声に、大川は額を土につけた。

『よい、その忍術学園とやらを我が治める地に建てる事を許可してやろう』
「は、ありがたき幸せ」
『だが、我は関与せぬ。よいな』
「ははっ」

 どこか冷たくも聞こえる声が、耳を撫でる。
 そうして、場を支配していた空気が完全に引くと、大川は全身から噴出している汗に身を震わせ、大きく息を吐いた。よもや本当に神が現れるとは思わなかった。声だけであっても、何という存在感。響いてきた声だけで、人間とはこれほどにちっぽけのものだったのかと思わずにはいられないほどであった。





「ふふふ」

 上座に座し、庭を見つめていた水和が上げた笑い声に、茶を立てていた大川は茶せんを置くと茶碗を水和へと差し出し、首を傾げた。

「いかがなさいましたかな、水和様」
「お主が初めて我の住処に訪ねてきたときの事を思い出しておった」
「おお、あの時の……」
「今の世は八百万の神よりも外来の神を崇めるものも多い。大真面目に名乗り頭を下げる人間など久しく、傍から見ていれば少し滑稽でもあったぞ」
「あの時の笑い声はその為でありましたか」

 当時の事を思い出し、大川は苦笑する。大川にとってそれは数十年も前の話しで大分と記憶はおぼろげではあったが、あの時の衝撃は今でもしっかりと覚えていた。だが、神である水和にはまるで昨日の事のように思えるのだろう、まるでそれだけで至上の音楽でもあるかのような笑い声を再び上げて、大川の立てた茶へと手を伸ばした。

「ふむ、良い葉を使っているな」
「土も水も日の光も、どれも素晴らしいと聞いた所の茶を取り寄せました」
「それだけではなく、土地神の力も安定しておるようだ」
「それは素晴らしい」

 神に守護され、その力が行き届いた土地がどれほど豊かで素晴らしいか、その身をもってよく知っている大川は顔をほころばせ、自分の為に立てた茶を口に含んだ。茶の豊かな香が、口に含んだ瞬間に広がり、確かにいい茶である事を知る。
 ことりと、水和の白く長い指が茶器を下ろす。さらりと衣擦れの音をさせ、立ち上がった。

「水和様、いずこへ?」
「そろそろ神子の授業が終る頃であろう」
「そうですか」

 至極幸せそうな顔をする神に、大川はほっこりとした笑みを見せ、いってらっしゃいませと頭を下げた。初めてその声を聞き、頭を下げた時とは全く違う気持ちを抱いて。


 



 忍術学園は龍神様を守り神にしている。その事実は、忍術学園に所属する全ての人間が知っていた。そして誰もその存在を疑ってなどいない。何故ならば、三年生以下の生徒ならば絶対に見えて話せて触れてしまうのだ。だから、皆一度は龍神様に目通りする事が叶う。
 四年生以上になると見えない人間が出てくるのは、授業の内容による所為だ。四年生になると色の授業が始まる。神に仕える者には純潔が求められるのは今も昔も変わりはしない。けれども見える見えないは体質に左右されるらしく、見えるものは大人でも見える。そんなことなどお構い無しに龍神様に接触を取れるのは、契約者たる学園長にヘムヘム、火薬委員会に所属する生徒とその顧問の土井、そして龍神様が特別に許した人間のみであった。
 何故火薬委員会なのかというと、火薬を収納している蔵には火避けのシンボルとして龍の字が掲げられている為である。学園を守護する龍神様は、学園の中で最も重要で水と深く関わりのある焔硝蔵の近辺を、自身の拠点として定めていた。その龍神様の関与が最も深い場所であるために、火薬を管理している火薬委員会には、龍神様と相性のいい生徒が必要だったのだ。故に委員の選出は龍神様が直接行っており、重要な仕事を任されて入るものの所属する人数が他の委員会と比べると圧倒的に少ない。つまり、委員会としての利便性よりも龍神様の巫としての役割の方が重要視されているのだ。
 能力よりも相性が最優先される。中でも、当代委員長代理たる久々知兵助は、近年稀に見るほどの相性の良さを誇っていた。彼は龍神様曰く、百年に一度現れるか否かと言われる『龍神の神子』なのである。

「神子」

 とろけるような甘い声が、兵助を呼ばう。うっとりといつまでも聞いていたいような美声に、兵助はふと庭を振り返った。神子、と兵助を呼ぶのは、この学園――いや、この世界にはただ一柱しか存在しない。

「水和様」

 頬を染め、目を見開く兵助に、水和はふわりと嬉しそうな笑みを浮かべる。その笑みの美しさは――いや、容姿そのものが、言葉に出来ぬほど見事なものであった。
 地に引きずるほど長い白銀の髪、月のように淡い金色の瞳、日に焼けることなど知らぬ白く抜ける肌。顔を形作る一つ一つのパーツはどんな職人でも作り上げられないような素晴らしい造詣を持っており、それが小さく形の良い顔の中に絶妙なバランスで治まっている。そのえも言われぬほどの美貌と、縦に長く伸びる虹彩が、水和が人ではありえないことを証明していた。彼はこの学園を守護する龍神なのだ。池の上に浮んでいたその神は、滑るような足運びで兵助へと近づいてくる。

「どうかなさいましたか」
「何、神子の顔が見とうなっただけよ」
「お呼びくだされば、こちらから参りましたものを」
「気が向いたゆえな」

 温度の低い手がさらりと兵助の頬を撫でる。縁側の上に立ってやっと同じ目線にある水和の顔を見返し、凄まじい美貌を直視できずに視線を落した。なんとも可愛らしい兵助の反応に、水和は優しい表情を浮かべたままで淡く色づいた頬に口付けを落とした。

「っ、水和様」
「ふふ、いつまで経っても慣れぬな。可愛らしい事よ」
「……からかわないで下さい」

 唇を尖らせ、拗ねたように詰る声は甘い。そんな反応に、水和は上機嫌になる。

「からかってなどおらぬ。美しく可愛らしい伴侶を得られて我は幸せぞ」

 本当に幸福そうな笑みを間近で浮かべられ、真っ直ぐに告げられた言葉に兵助はぽんと赤くなった。人とは違って見栄とも虚勢とも嘘とも縁の無い神であるがゆえに、水和の言葉は疑う余地など無く真っ直ぐに兵助の中に響いてくる。

「それに我が神子はとても賢い」
「やめてください、水和様。羞恥で心の蔵が止まりそうです」
「おや、それはいけない」

 どこかおどけたような声で言って、水和は兵助に寄せていた顔を離した。けれどもその顔に浮んだ春の木漏れ日のような柔らかな表情は変わらず、眩しいものでも見るかのように細められた目からは愛情が零れ落ちるようだった。

「そうだ神子、今宵は我が宮で月見をしよう。月はいつ見ても美しいが、神子がおればなお美しく見える」
「……伺わせていただきます」

 溢れんばかりの愛情がそこかしこに散りばめられている台詞に、許容量を超えて気を失いそうな思いをしながらも、兵助は水和の誘いに是と頷く。途端、水和はその美しいという言葉さえも陳腐に聞こえる美貌に満面の笑みを浮かべ、兵助は頭に血が上りすぎてくらくらするのを感じた。


 旧日記の小噺ログ。
 「in少年陰陽師 勾陳成り代わりネタ」です。星矢連載主でパチパチ打ってたやつですね。
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