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「うーん・・・・・・やっぱり多勢に無勢じゃ無理だったかー」

 周囲を炎で巻かれながらも、阿修羅はそうぽつりとこぼして苦笑を浮かべた。最初から、敗北が決定していた戦だった。最強と謳われた忍者隊を擁していてさえも、そんなことは無意味だというような。だから彼らの主は最初、己の身と引き換えに進化や忍者隊の面々、そして領民たちの命や生活の保証を得ようとしたのだ。けれども、それは主以外の人間が納得しなかった。
 だから、影武者を立て、周りを忍者隊の面々で固めて、彼らの主を隠した。これらの行動は、すべて阿修羅が独断で行なったこと。それでも、年若い老中をはじめとした面々は、勝手をした阿修羅に向かってただただ深々と頭を下げた。その老中たちの幾人かも今は城の外へと連れ出され、ここにはいない。残りの幾人かは、彼らが居なくなったことを隠すべく燃え落ちる城と命運をともにすると、年老いた顔に穏やかな笑みを浮かべていた。その彼らに、阿修羅も逃げるようにと言われたのだが、彼は首を横に振った。それだけはできないのだ。阿修羅だけは、逃げられない。この国が襲われたのは、忍者隊が強くなりすぎたというのが理由の一つにある。その象徴たる阿修羅の死が確認できなければ、彼らは草の根を分けてでも探し出そうとするだろう。それは、逃がし隠した彼らの主の安否に関わる。だからこそ、阿修羅はここで終わらなければならなかった。

「少し心配だけど、皆十分に育ったし、悠一郎もついてるし、大丈夫、だよね」

 忍者隊の面々を思い浮かべながら、そっと、じくじくと痛みを訴える傷に触れる。限界まで戦っていたせいで、もうすでに体はボロボロだ。即死しないまでも、致命傷を負ってしまっている。炎とともに、ゆるゆると、阿修羅を死へと連れて行く傷だ。

「あ~あ、終わり、かぁ・・・・・・」

 ポツリと、つぶやく。なぜだか、視界が歪んだ。なぜだか、じゃ、ない。阿修羅はその感情を、確かに知っていた。口にしてしまえば、恥も外聞もなく何もかもをぶちまけてしまいたくなる、そんな感情を。抑えようとしても、自然と出てしまうような感情を。

「ひと、り・・・・・・」

 震える喉から出た言葉にハッと目を見開いて、きつく唇を引き結ぶ。それから先は自覚して出してはいけない言葉だ。その言葉を出してしまえば、阿修羅は阿修羅として逝けなくなってしまう。
 涙がこぼれ出てしまわないように、ぐっと目をつむった。
 そうして、とても長い時間だったのか、ほんの一瞬だったのか、突然知った気配の持ち主に背後からきつく抱き込まれて、驚愕で目を見開くと共に呼吸を止めた。

「言えよ」

 聞きなれた男の声だ。

「最後なんだ、言っちまえ」

 ここにいるはずのない男の声だ。

「阿修羅」

 一人ではないという安心感と、なぜここにいるのかという疑問がごちゃ混ぜになって視界がぐらぐらした。

「ゆ、いちろ・・・・・・なんで」
「独りが嫌いなお前が、泣いてるんじゃないかと思ってな」

 ふざけたように、笑いを含んだ言葉で返される。そうじゃなくて、と声を荒げると、くしゃりと頭を撫でられた。

「泣いてたんだろ」
「泣いてないもん・・・・・・」
「なら泣けばいい。泣いて、独りで逝くのは嫌だって言えばいい。最後なんだ。俺以外誰もいない。『詠野阿修羅』が崩れても、何の問題もない」

 優しく、諭すような声音に、ボロボロと涙と一緒に阿修羅を『詠野阿修羅』として留めていたものが剥がれ落ちていく。虚勢という名の仮面が全て剥がれ落ちたとき、阿修羅は大きく息を吸っていた。

「嫌だ! 独りは嫌だ! 独りで逝きたくない! 死にたくない! 怖い、怖いよう、ゆういちろう・・・・・・!」

 恐怖を前にして、ただ幼子のように泣き叫ぶ阿修羅に、悠一郎は一つ首肯してより強く阿修羅を抱きしめた。阿修羅はそれだけが確かなものだというかのように、自分を抱きしめる腕に爪を立てる。

「あぁ・・・・・・俺を連れていけ、阿修羅」
「なに、いって・・・・・・」
「独りは嫌なんだろう?」
「やだ・・・・・・」
「だから、俺が一緒に逝ってやるよ」
「若様、は・・・・・・」
「大丈夫だ。伊作たちが守ってる。あいつらは俺がいなくても立派にやっていけるよ。大丈夫。それに、お前が言ったんじゃねぇか。ずっと一緒いにいろって」

 確かに、阿修羅は雄一郎に向かってそういった。阿修羅が組頭として立つときに、交換条件のように、脅迫するように。でも、それは、こんな意味ではなかったはずだ。

「ちが、そんな、意味じゃ」
「つべこべ言うな。今更手放すなんて、言うな。・・・・・・伊作たちは、連れては逝けないんだろう?」
「・・・・・・うん」

 そうだ。伊作や、三郎。雷蔵も、留三郎も、皆々生きていて欲しかった。愛しているからこそ、連れては逝けない。

「でも独りは嫌なんだ」
「う、ん・・・・・・」
「なら、俺だけで我慢しとけ」
「・・・・・・ゆーいちろーは馬鹿だ」
「おう」
「馬鹿だ・・・・・・」

 がらがらと、木が燃え落ちていく音が響く。阿修羅たちがいる空間にも煙が充満し始めていて、出血も手伝って、阿修羅の意識はクラクラと揺れていた。

「阿修羅」
「・・・・・・な、に?」
「最期だから、な。許してくれよ」
「なに、を?」


 



――あいしてる。


 


 密やかにこぼされた告白と、指先にわずかに触れた唇に、知ってるよ、と同じくらいの密やかさで応えて、力の入らなくなった体をあずけた。いつも眠るときに、そうしていたように。沈んでいく意識の中で、おやすみ、と優しい声が囁いた。

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 風が気持ち良い。そう心の中でつぶやいて、レンは目を細めた。
 日差しは強いが、影の中にいれば十分に涼しく、執務室の中に吹き込んでくる風も心地よい。建物が石造りであることも、涼をとれる理由になっているだろう。その分、寒さに弱いレンにとって冬は厳しいのだけれども。

「人馬宮様、こちらの案件を急ぎでお願いします」

 ずいっと、目前に書類が差し出される。反射的にその書類を受け取り、内容に目を走らせると、深々とため息をついてこめかみを揉んだ。聖闘士候補生や雑兵の一部がロドリオ村で問題を起こしたのでどうにかしてほしいという、村人からの陳情書だ。聖闘士は常人とは違う力を持っているのだから慎重に行動しろと常々言い聞かせているはずだというのに、何処にでも馬鹿はいるものだ。
 心底嫌そうな顔――面に隠れてはいるが雰囲気でわかる――をして深々とため息をつくレンに、彼女の様子を見守っていた神官は苦笑する。彼女の気持ちは嫌というほど理解できたからだ。

「今月に入って何件目だ」
「そうですね、そろそろ二桁に届こうかと……」
「馬鹿どもが……」

 悪態をつくレンに、神官は口が悪うございます、と控えめに嗜める。けれども、その声には非難の響きは無く、どこか仕方がないとでも言うような温かな感情だけが宿っていた。十八にもなる娘の言葉遣いではないが、レンは幼い頃から荒っぽい口調をしていたし、周囲をほとんど男に囲まれていては女性らしい言葉遣いが身につくはずも無い。彼女の口調に眉間に皺を寄せる者も少数いるが、公の場に出れば貴族の姫に勝るとも劣らない言葉遣いや振る舞いを完璧にこなすために、表立ってその事に意見する者もいなかった。大半の人間は時と場合を選んでくれさえすれば、それで良いというおおらかな気性のものが多い。そうなるように教皇達が手を回していたりするのだが。

「まぁ、理屈は解るがな……」

 レンはため息をつきながらも、書類を指先ではじく。その指先が疎ましげに見えるのは見間違いではないだろうと、神官は苦笑を浮かべる。

「男とは女性を求める生き物ですから」
「それにしても、聖闘士候補生たる者が理性の足りない猿というのは笑えん」

 血気盛んなのはどうしようもないとしても、処女神に仕える者としてはどうか。
 男の生理と言うものを一応は理解しているとはいえ、そのあたりには物申したいレンである。それには同意見なのか、神官もただこくりと頷いた。

「どうなさいますか?」
「決まってるだろう。仕置き決定だ」

 そもそも、今まで多少なりとも見逃してきたのが間違いだった、とレンは口をへの字に曲げる。理解しきれない女の身で男の生理云々に口を出すのも、と神官に回していたのだが、甘かった。今のところ大事に至ってはいないが、これ以上放置してしまえば大事になってしまうのは想像に難くない。

「後でリバルエイドとヘリオトロープを呼んでおけ」
「宝瓶宮様と、巨蟹宮様、ですか……」

 それはまたなんとも的確な飴と鞭。
 レンの人選に、神官は顔を引きつらせる。巨蟹宮の主は一言で言えばレン至上主義。彼女を煩わせたとなれば、相手が誰だとしても甘い顔などまったく見せはしないだろう。そして宝瓶宮の主は、遊び人として有名ではあるが、それも場所と相手をよく吟味してのことで、特に咎めるような事をした事はなかった。このことを考えると、レンが彼らに何を求めているかは明白だ。

「何か問題でもあるか?」
「いえ、的確な判断だと思います。承りました、後ほど宝瓶宮様と巨蟹宮様をお呼びしておきます」
「頼んだ」
「御意」

 頭を下げて執務室を出て行く神官に鷹揚に頷いて、レンは仮面を外しいささか乱暴にデスクの上へと放り出した。室内には誰もいないからこその行動だ。
 ぐしゃぐしゃと、半ば八つ当たり気味に前髪をかき乱していると、くすりと小さな笑い声が響いた。顔を上げると、長い浅葱の髪を風に流した絶世の、と冠がつくほどの美貌を持った恋人の姿。柔らかく和んだ花浅葱の瞳に、一時的に苛立ちを空の彼方に放り投げることにしてレンはつられるように笑みを浮かべた。

「フィー」
「随分苛立っているみたいだけど、どうかした?」

 浮かべた笑みが引きつる。その様子に、言葉の選択を間違えたかな、とアルバフィカは苦笑しながらも睨みあげてくるレンへと近づき、少しばかり椅子の角度を変えて彼女を抱き上げる。空いた椅子には自身が座り、抱き上げたレンは膝の上へと下ろした。レンはその動作の一切に抵抗せず、アルバフィカの膝の上に横座りになると彼の首筋にするりと両の腕を回し、絹糸のような髪に頬を埋める。

「馬鹿が多くて困る」
「馬鹿……ああ」

 デスクの上にある書類に、今月で何件目かな、と先ほどレンがうめくようにして口にした言葉と同じ事を思う。

「ヘルとバルに任せるつもりだが」
「そう……ヘルがやり過ぎないか、少し心配だね」
「そこはバルに期待する。あいつなら上手く手綱取れるだろ」

 そう言いながらもアルバフィカの頭を抱え込んでごろごろと、まるで猫のようになついてくるレンに、自分でやったこととはいえ柔らかな肢体を寄せてくる恋人にアルバフィカは少しばかりドギマギする。レンは恋人の同様具合が手に取るように解っており、声を押し殺しながら笑った。それでも、震える肩にアルバフィカはレンが笑っているのを感じ取り、小さく唸りながらも顔を真っ赤に染める。

「笑わないでよ」
「くくっ……いやぁ、可愛いなフィー」
「嬉しくない」
「そんなお前が好きなんだけど」

 語尾を上げ、浅葱色の髪を掻き揚げて米神に口付けるレンに、アルバフィカはもう返す言葉が出てこなかった。一言で言ってしまえば、惚れてしまったほうの負けだ。

「……レンは相変わらずカッコイイね」
「そんな私が好きなんだろ?」

 負け惜しみのようにつぶやいた言葉も、レンの一言の前にはやはり弱いものでしかない。

「うん、愛してる」

 アルバフィカが観念したようにため息をつき、レンの体をしっかりと抱きこんで首筋に顔を埋めて、擦り寄るように首肯すると、レンはくすぐったそうに少しばかり身をよじり、肩を抱き頭を抱え込んで、珍しくも花がほころぶような笑みを浮かべた。


 歩く。
 走る。
 止まる。
 左手のスパッドを上段から振り下ろす。
 右手の実剣で素早く連続で突きを繰り出す。
 そんな動作を繰り返しながら、泰晴は軽い、と心の中で呟いた。動きが、コレまで扱ってきたどのMHよりも軽く感じられた。エトラムル・ファティマとはまるで違う――積んでいるファティマは、泰晴がその才能を見出した伊作が最高傑作と言ってしまえるほどのスペックを誇っているので、エトラムルなど比較にもならないが――その動きは、生身に近いものがあり、三郎と“白雪”よりも強い一体感を感じた。
 そう口にすれば、上のファティマシェルの中で“艶夜”を動かす事に腐心している兵助は、きっと喜びや誇らしさを隠しもしないで自分達はマスターの為だけに存在するのだと事も無げに言い放ってくるのだろう。それが少し、重いと思う。
 泰晴は騎士だ。それも、超帝國の純血の。前世紀の遺物であり、本来この世界にはなかったはずのもの。己を育む母胎すらなく、生まれてくることさえ、受精卵の時点で諦めていたことさえあった。生まれても親もおらず、養い親にとってはただの研究対象で、子など望める存在ではなく――仮に受精できたとしても、超帝國の騎士の力に受精卵が絶えられず、人の姿をとるまで育つ事が出来ないのだ――その特殊な生い立ちからまともに仕える事の出来る国もない。もっとも、仕える国のない事は、ひとつの所に身を置いて気に入らない人間に頭を下げる事を心底嫌う泰晴にとって、割合どうでもいいことでもあるのだが。
 そんな訳で、泰晴はないないづくし――というには、色々なものを持ってはいるが――の人生に慣れていた。むしろ何のしがらみも持たない身軽さと言うものを、好んですらいた。そこに、降って湧いたように出てきた、『自分の為にある』と主張する存在。ファティマもMHも泰晴の行く道を阻害せず、むしろその助けになるような代物ではあるものの、そこに他人の意志が入ってくると、動きにくくなる。
 精神的に重い。
 けれども泰晴は小さく息を吐いただけで、その思いを呑み込んだ。

「腕と足の動き、後コンマ05秒早くできるか?」
『可能です。この子のスペックなら、あとコンマ2秒加速できますが』
「騎体への負担は?」
『3%増です』
「……微妙な数字だな」

 実戦に出て、長期戦になってしまえば、どこでその数字が悪影響を出すか解らない。

「もう少しダメージ減らせるか?」
『騎体制御次第では可能かと』
「パターン出せ」
『はい』

 一秒と経たず、コンソールにかかる負担を散らす行動パターンがいくつか出てくる。その動きを一通り頭の中に叩き込んで、画面を切り替えた。そして、その通りにMHを動かし、実際にかかった負担のパーセンテージを出した。確かに、かかる負担は軽減している。しかし、その分今まで負担のかかっていなかった部分に、そのダメージは移行していた。

「……これ以上は騎体自体をどうにかしないと駄目か」
『後ほど食満博士にデータを転送しておきます』
「ああ」

 今までに乗ってきたMHと比べると、これ以上ないほどに良い騎体だとはいえ、専用機としては、まだまだ完成しているとは言いがたい。故に“艶夜”は、実際に乗って泰晴の癖を覚えこませなければならず、細々としたチューニングを必要としていた。
 思っていたよりも抵抗されずに送り出された訳である。
 実ににこやかに泰晴と兵助の乗ったドーリーを見送った科学者二人を思い出し、僅かに口元を歪めた。いつもならば小さい子供が駄々を捏ねるように泰晴が旅立つのを嫌がるというのに、またすぐに会えると知っていたから、あの二人はいつものようにぐずる事もなかったらしい。だとしたら、大変なのは完全にチューニングした後だ。
 泰晴はその時の労力を思って、深々と溜息をついた。彼らがそうなったのは、伊作がファティマを作る為の設計図を書き出した途端、泰晴が彼らの自宅兼ラボに寄り付かなくなり――何度も言うが泰晴はファティマ嫌いだ――挙句20年近く音信不通になった所為なので、ある意味自業自得なのだが。そんな事で疲れたくはないが、チューニングは必要だ。面倒を嫌う泰晴がそう思うくらいには、“艶夜”は魅力的な騎体だった。

「チューニングに出す前に、少なくとも一度はMH戦を経験しときたいが……」
『遭遇できそうな場所を割り出しましょうか?』
「そうしてくれ」

 それと、一度は街に向かった方がいいだろう。それと、このカステポーのどこかにいるブラックドラゴンの出現ポイントにも。チューニングをしに、留三郎や伊作の元へと戻るのはそれからだ。
 あまり遅くなればそれだけ不機嫌になるだろう、若干親離れ(?)できていないカップルを思って、泰晴はもう一度溜息を吐き出した。

 


「おはよう、“艶夜”」

 柔らかく、小さな子供に語りかけるような優しく穏やかな母の如き声で、兵助はファティマシェルに深々と腰掛けながら相棒であり、主人の大切な騎体に語りかけた。実質、完成して間もないこの騎体は幼い子供のようなものだった。騎体に、人格というものを認めるのであれば。事実、MHには意志が存在している。只人では理解しきれないその認識は、ファティマや騎士、そしてマイト達にとって、MHが多少の意志を持つ事は至極当然のように知られ、認められている事だ。
 泰晴の為だけに作られた“艶夜”は、実戦に出た事はないが、白雪の戦闘データをもとにある程度の調整が既になされている。そのために、赤子と言うには少しばかりその精神と呼ぶべきものは成長していたが、まだまだ兵助にとっては幼い子供だった。

【ま、ま】

 音、と称することの出来ない音が、ヘッドクリスタルを通して兵助の耳に届く。その声は縋るようであり、困惑しているようだった。おそらくはその両方なのであろう。今まで“艶夜”はファティマシェル以外に人――兵助はファティマではあるが――を乗せた事はない。“艶夜”は戸惑っているのだ。コクピットに乗り込んできた、騎士の存在に。

「怖がらないで、“艶夜”。今コクピットに座っているのは、私たちがずっと待っていたマスターだ」
【ぱ、パ】

 短く流れた電子パルスに、兵助の頬がふわりと染まる。幼いMHを宥め、徹底して騎体の状態を捕捉し騎士を助ける為の存在たるファティマを母とするならば、確かにその力で持ってMHを動かし、戦場を駆ける騎士は父だろう。けれども、ファティマとその騎士という認識と共に、遠い場所から泰晴を見続け、彼の側に行きたいと思い続けていた兵助にとって、その言葉は少しばかり刺激が強かった。
 思わずそのまま硬直してしまった兵助を、“艶夜”は訝しむ。

【マ、ま?】
「……え、あ、あぁ…そう、下のコクピットにいるのが、パパだ。初めましての挨拶をしようか」

 どうしたの、と言わんばかりの声に、兵助はぎこちなく頷いて見せて、頬を赤く染めたまま幼いMHに騎士への挨拶を促す。そしてコンマ数秒の内に下のコクピットでコンソールがカタカタと揺れる音が響き、「コントロールが来たか。初めまして、“艶夜”」と小さく声が返った。それに、“艶夜”が若干浮き立つような電子パルスを放った。騎体に人格を認め、言葉を返した主に喜んでいるのだ。兵助の表情も、柔らかく和む。
 そして、騎体のチェックを始めた泰晴の望むものを、人のように表現するのならばうきうきしている“艶夜”をあやしながらもパネルへと表示させていく。しばらくして、コクピット内で小さく溜息をつく音がした。それにどうしたのだろうと小首を傾げ、コクピットとの通信を繋げる。

「どうかなさいましたか、マスター」
『お前、こいつ動かせるか?』

 こつんと、音がする。コクピット内を軽く小突かれたのだろう“艶夜”は、初めての事に少しばかり驚いてから楽しい、とでもいうような電子の波を兵助に伝えた。

「問題ありません。三郎と“白雪”ほどではありませんが、この子と私は対の存在――マスターの為だけにあるもの。どんなMHよりも、マスターの望み通りに動く事が出来ると自負しております」

 “艶夜”の反応に微笑ましくなりながらも、確かな自信を持って主の言葉にそう返す。自信に彩られた母役の笑みに同意する“艶夜”は、再度コンソールを小刻みに揺らした。

『ならいい。調整が終わり次第、カステポーで実戦だ。ドーリーの用意も出来てるんだろう?』
「はい。“白雪”同様、専用のドーリーがございます」
『……それも新作か』
「はい。地上走行型のモータードーリーです。基本的な構造は“白雪”と変わりませんが、マスターがより快適に過ごせるよう、現時点で可能な改善は全て施してあります」

 三郎からの報告が入る度に喜々として図面を広げ、あーでもないこーでもないと額をつき合わせて泰晴専用のドーリーをどう改善しようかと、昼夜なく議論してた博士二人の姿をデータの中からひっぱりだし、微笑ましいような羨ましいような思いを抱いていた――何せ兵助はファティマ。最も泰晴の役に立てるのは戦場に出た時だ――自分もついでに思い出して、兵助はこれからこの人の役に立つのだから、と嫉妬に胸の中で波打つ感情を宥めた。
 まだ完全に受け入れられたとは思わないが、顔を合わせてすぐの相手を信じられる訳もない。それはこれから確実に、誠実に積み上げていけばよく、そうしなければならない類のものだ。自分たちの関係はこれから、なのだ。

『水と食料は?』
「マスターがこの工房に到着する前日に、肉、野菜、果物、調味料や香草を各種フリーザーに詰め込めるだけ用意してあります。非常食やレーション、パンも同様に。水は“白雪”に積んでいた倍の量を貯蔵しています」

 それを手配したのも詰め込んだのも、兵助と、好意から手伝ってくれた勘右衛門であったが。ちなみにマイト二人はというと、格納庫の充実と医療器具や薬などの補充の方に夢中になっていた。ファティマや騎士では使えないような専門的なものが間違って入っている時があるので――マイト二人は彼らの視点で必要なものを入れてしまうため――勘右衛門と二人で目を皿のようにして専門家にしか使用できないものを探し、放り出す羽目になったが。それもまた積まれ直しているような気がする。昨日取り出した時点で、全く諦めていなかったようなので。
 そんな事を思い出していると、コクピットにいる泰晴は引っかかる言葉があったのか、怪訝そうな声を出した。

『倍……?』
「マスターが湯船に浸かりたいと仰っていたと聞いた食満博士が、喜々としてドーリーに浴槽を積んでいたのでその為かと」
『なるほど』

 ちなみにその浴室は、ドーリーの中でもそれなりに予算が割かれていた部分である。装飾はごくシンプルでありながらも、ひたすらにリラクゼーションを目的とした機能が充実していた。他にも、ドーリーの振動の伝導率の軽減だとか、寝室や設置する家具の材質だとか。もしかしたらMHを作るとき以上に楽しそうだったかもしれない。いや、楽しかったのだろう。両方の画像データを比較すると、三割増で笑顔が多い。

『なら騎体が十全なら出発は明日。微調整は移動と同時進行だ』

 泰晴の中の疑問が解消されたのか、すっきりとしたような声が出立の日にちを告げる。今日、両博士の工房兼住居に着いたばかりだというのに、いやに早い出発だ。これは泰晴を慕っている二人がほぼ100%の確率で食い下がって引き止めてくるだろうと、予測が出来た。だからこそ、ずるずると居座らぬうちにこの工房を出ようとしているのだろうけれど。
 放浪している時間が多く、滅多に顔を出さない騎士の友人と少しでも長い時間を過ごそうと思っている博士たちの気持ちは、兵助にもよく理解できた。けれども、満面の笑みと共に主へと返す言葉はたった一つだ。

「Yes,Master」

 だって、兵助はこれからずっと、泰晴の側にいられるのだから。



 何だ、このアホみたいにピーキーな騎体は。
 ファティマと言うには多少憚られる精神を持ったファティマ――兵助をファティマシェルに押し込み、騎体を起動させてその造りや反応スピードやら気になるところをざっと見た結果、呆れと共に浮んできたのはそんな感想だった。三郎と共に駆っていた“白雪”も他のMHと比べるとはるかに性能がよく、生半可な騎士ではすぐに転倒するか暴走させて潰してしまうだろう繊細な騎体ではあったが、泰晴が受け取らざるを得なくなった“艶夜”ほどではなかった。
 これは本当に泰晴か、かなりの実力者――それこそ剣聖と呼ばれるレベルの騎士ではければ乗りこなせはしまい。ファティマとて、エトラムルでは騎体の性能に振り回される。銘入りの、本当に最高級品でなければ騎体の制御など不可能だろう。
 頭が痛い、と泰晴はこめかみを揉んだ。本当にコレでは受け取らざるを得ない。こんな危険な騎体を野放しにしておくには、泰晴の良心が邪魔をしたし、何より大切に思っている友人が泰晴の為だけに、才能の全てをつぎ込んで作り上げただろう騎体を受け取らないわけにはいかなかった。
 深々と溜息をつく。

『どうかなさいましたか、マスター』

 その溜息を聞きつけたのか上から降ってくる声に、泰晴はぴくりと眉を震わせた。十年、三郎と共にMHを駆っていた間に少しはマシになったが、元々はエトラムルでMHを駆っていた泰晴は、騎乗している間に自分や部隊の人間やその所有ファティマ以外の声が聞こえるという状況に慣れてはいない。けれども、今まで聞いてきたファティマの声よりも若干感情の滲んだ声はさほど不快ではなかった。

「お前、こいつ動かせるか?」

 この、馬鹿みたいに制御の難しい騎体を。
 シートにもたれ、コクピットの内側を軽く指先で弾いて上を見上げる。
 鈴を転がすような、というよりも乙女型にしては落ち着き払った低めの声が、柔らかく泰晴の懸念を否定した。

『問題ありません。三郎と“白雪”ほどではありませんが、この子と私は対の存在――マスターの為だけにあるもの。どんなMHよりも、マスターの望み通りに動く事が出来ると自負しております』

 芯の通った声が高らかに宣言する。その声に同意するかのように、コクピット内のコンソールがカタカタと揺れた。そのどちらもが、どこか誇らしそうな雰囲気を纏っている。確かに、この騎体ならば泰晴の動きについてくる事が出来るだろう。この、超帝國の騎士の血を混じりけなく受け継ぐ騎士の動きに。他のどんなMHにもファティマにも――あの前代未聞のシンクロナイズドフラッターシステムを積んだ三郎と“白雪”が勘定に入っていないのは仮制御下故当然である――なしえなかったことができるに違いない。それだけぶっ飛んでいるのだ、この騎体も、泰晴の能力も。
 つくづく、騎士と言うものは血の濃さがものをいう。騎士と名乗り、強くある為にはかけがえのないものであり、世界にとっては前世紀の遺物。戦う事だけに特化し、種の保存すらも半ば放棄している劣性遺伝子の塊。人として騎士を名乗るものとは少しばかり異なる種。それが泰晴と言う存在だった。その血を、強さを疎んだ事はない。むしろ淡々と受け入れ、そういうものだと納得している。全力を出せず鈍重な動きしか出来ないMHや、泰晴の指示や動きについて来れないファティマやエトラムルにストレスを感じる事はあっても。

「ならいい。調整が終わり次第、カステポーで実戦だ」

 ついでにオニキスにも顔を見せておくか、とまだ受精卵であった時代の保護者であったブラック・ドラゴンを脳裏に浮かべ、ちらりと思った。釣り合ったファティマとMHを持たぬ事を嘆き、心配させっぱなしのドラゴンに多少の孝行はすべきだろう。完全に、上にいるファティマを受け入れたわけではないが。

「ドーリーの用意も出来てるんだろう?」
『はい。“白雪”同様、専用のドーリーがございます』
「……それも新作か」
『はい。地上走行型のモータードーリーです。基本的な構造は“白雪”と変わりませんが、マスターがより快適に過ごせるよう、現時点で可能な改善は全て施してあります』

 一体どれだけ金をつぎ込んで造ったんだ。新品のファティマ一体を得るだけで、払わねばならない金額は50億ほど。兵助や三郎のような超弩級のファティマだと、1000億は軽く行く。そこに同じく新品のMHにドーリーとくれば、どれだけの金が飛んでいく事やら。色んな騎士団に引っ張りだこで、雇われれば新しいファティマを得られるくらいの報酬は簡単に得られる上に、その金額もほとんど使わず、戦場に出てもMHにほとんど傷をつけずに戦闘を終わらせるために修理代を出す事もない。その上、特殊な身の上の為に外見年齢の倍以上は生きている泰晴である。どこかの国家予算程度の金額は有り余っているので支払いに困るような事はないが、それを見越して金に糸目をつけなかっただろう二人がどれだけ好き勝手したのかは気になった。

「水と食料は?」
『マスターがこの工房に到着する前日に、肉、野菜、果物、調味料や香草を各種フリーザーに詰め込めるだけ用意してあります。非常食やレーション、パンも同様に。水は“白雪”に積んでいた倍の量を貯蔵しています』
「倍……?」
『マスターが湯船に浸かりたいと仰っていたと聞いた食満博士が、喜々としてドーリーに浴槽を積んでいたのでその為かと』
「なるほど」

 本当に泰晴が快適に過ごせるように改良してしまっているらしい。“白雪”ですら、今まで過ごしてきたドーリーよりも過ごしやすく、ドーリーであることすら疑ってしまうほどだったと言うのに、これではMH運搬用の車両というよりも、MHも積む事ができる移動家屋だ。いくら居住施設も備える長期滞在が可能なものだとはいえ、これはないのではないだろうか。ありがたく受け取らせてもらうが。

「なら騎体が十全なら出発は明日。微調整は移動と同時進行だ」
『Yes,Master』

 応える声に喜色が滲んでいる。何がそんなに嬉しいのか理解できないが、それで何か不都合があるわけでもないので疑問を抱く前にその思考を放り出し、コクピットのハッチを開く為にコンソールへと手を伸ばした。


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